平和な村である日、野犬に人が噛み殺されるという事件が起きました。
被害者は畦道で襲われており、悲鳴を聞きつけた村人によって野犬は射殺されたそうです。
山で野犬に追い回されたという話なら聞いたことがあるそうですが、噛み殺されるという事件は初めてだったそうです。
被害者は奇行をすることで有名な若者で、犬をからかって襲われたのだろうと云う村人の見解を聞いてか、警察には事故として扱われました。
しかし、この事件には幾つかおかしな点がありました。
祖父も事件現場を見に行ったそうですが、射殺された野犬というのは知り合いの飼い犬だったそうです。
そして、被害者の体には痛々しい噛み跡が首に見られましたが、腕や顔には殴られたような痣も所々残っていたそうです。
不審に思った祖父は犬の飼い主の家を訪れて尋ねてみたそうです。
「あれはお前のとこの犬でないの?」
最初は黙って下を向いていましたが、しばらくして飼い主は涙を浮かべ、絶対に他言するなと念を押したあと事件の真相について話してくれました。
飼い主の一家は村の宗教家の信者となっており、昨日教祖である婆さんから
「狐を落とすので犬を貸してくれ」と頼まれたそうです。
犬を連れて道場に行くと、被害者の若者が縄で縛られて祭壇に寝かされていました。
その横では婆さんがお経か祝詞か分かりませんが何かしらの呪文を唱えて祈っていました。
若者の奇行は狐憑きによるものと考えた彼の家族は婆さんに憑き物落としを依頼したようです。
若者は竹刀でめった打ちにされてぐったりしていましたが、目はぎらついており婆さんの方を凄い形相で睨みつけていたそうです。
なかなか正気に戻らない若者に業を煮やした婆さんは最後の手段に出ました。
犬と若者を同じ檻に入れて閉じ込めるよう信者達に指示を出したのです。
狐は犬を恐れるので、同じ檻に入れて若者の体から追い出そうというのです。
信者達に檻に入れられると、それまでおとなしくしていた若者は狂ったように暴れて縛られながらも犬に噛み付きだしたそうです。
犬はやや大型の猟犬で、普段は人を噛むようなことはしないのですが、攻撃を受けて眠っていた本能が目覚めたのか若者の首に噛み付きました。
そして、興奮した犬は牙が食い込むように激しく左右に首を振ったそうです。
まさに一瞬の出来事で、飼い主が
「やめろ!!」と叫んだときには時既に遅く、若者は頸動脈から激しく出血して一面血の海になっていました。
「何やってんだ!!」という飼い主の怒声を聞いて犬は自分のやってしまったことを理解したかのように檻の隅で小さくなって震えていたそうです。
口外すれば子孫の代まで呪うと脅された飼い主は「分かりました」と約束をして、図らずとも人を殺してしまった犬を泣く泣く猟銃で撃ち殺したそうです。
これが事件の真相で、野犬に噛み殺されたというのは罪を問われないように信者達が行った偽装とのことでした。
おそらく若者の家族も教団関係者から脅されており、事件は闇に葬られたそうです。
終戦から10年程経った時の山村でのお話です。


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