牛の首


「『牛の首』というとても恐ろしい怪談があり、これを聞いた者は恐怖のあまり身震いが止まらず、三日と経たずに死んでしまう。

怪談の作者は、多くの死者が出たことを悔い、これを供養するため仏門に入り、人に乞われても二度とこの話をすることは無く、世を去った。この怪談を知るものはみな死んでしまい、今に伝わるのは『牛の首』と言う題名と、それが無類の恐ろしい話であった、ということのみである」、というもの。

「牛の首」という怪談自体は存在しない。しかしその形骸が「今まで聞いたこともない怖い話」として語り継がれることがこの話の特徴である。

「無類の恐ろしい話」と謳われる怪談の内容を知りたいという好奇心から、次々と噂が流布され、「実態の無い恐怖の増殖」が繰り返されていく様が「牛の首」そのものと言って差し支えない。

この噂は、少なくとも20世紀初頭には既に一般的に認知されていたことが分かっており、現在でも代表的な都市伝説の一つとして語り継がれている点は瞠目に値する。

1965年に執筆された小松左京による同名・同内容の短編小説が存在するため、そこから流布したとする説もあるが、小松によれば出版界にもともとそうした小咄があったという。

この小咄を広めたのは、「牛の首」を今日泊亜蘭から聞いて、1973年に世界一怖い怪談として『夕刊フジ』連載のエッセイで紹介した筒井康隆との都市伝説蒐集家の松山ひろしの説もあり、真偽は定かではない。しかし、SF作家が出所であるという点では一致している。

噂の具体的内容に関して、数種類の談話がそれらしく語られることがあるが、これらはマンガからの大幅な引用が含まれていたり、歴史的整合性がないなどの理由で都市伝説の研究者からは否定されている。

前述の通りこの話は、「そもそも口伝されるべき内容が存在しない」という点を前提とした話であり、それを知っている者が存在している時点でそれは「牛の首」を語るに必要な要素をほぼ喪失しているといえる。

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